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貴乃花親方10票獲得で当選~落選した大島親方の温情があったのでは?(動画)

大島親方日本相撲協会の理事選が、1日に両国国技館で行われ、注目を集めていた貴乃花親方が10票を獲得し当選。苦戦を伝えられながらも土俵際で見事にうっちゃり史上5番目に若い37歳での理事になった。

以下イザ!を引用
日本相撲協会の任期満了に伴う役員改選が1日、東京・両国国技館で行われ、
注目の貴乃花親方が10票を獲得し当選した。大島親方が得票数2で落選した。理事選は、定員10人(外部理事を除く)に対し、11人が立候補。4期8年ぶりに投票が実施された。

改革」を標榜する貴乃花親方は二所ノ関一門の総意に反して強行出馬。自ら一門を離脱した同親方を支持する6人の親方も事実上、破門された。貴乃花親方の持ち票は、自身と6人を合わせた7票。当選の目安とされる10票に向け、どれだけ上乗せできるか注目されていた。

投票会場となった東京・両国国技館内の大広間では、1日朝から人数分の机が並べられ、立候補者の一覧表が張られた。国技館の周辺では、テレビ局の中継車や多数のテレビカメラが待ち受けるなど、いつもと違った雰囲気に包まれた。(引用終わり)

こんな感じで貴乃花当選おめでとうムードが漂っているが、今回その煽りを受けて落選したのが大島親方
今回の一連の理事選騒ぎにはあまり登場しなかった方ですが、この大島親方は凄い人物なんですよ。

簡単に大島親方の事を説明したいと思います。

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本名、親方名ともに、大島武雄。元大関の旭國。北海道上川郡愛別町出身で 1962年に立浪部屋に入門。初土俵は、1963年7月場で1979年9月場所で引退。生涯戦績、635勝479敗57休、所敢闘賞1回、技能賞6回を獲得。

旭國は、心技体の内、特に心の部分に秀でた力士で、小結だった1975年には膵臓炎で入院し点滴を受けていたのにも関わらず、それが終わると部屋に帰って稽古をしていた話は有名。しかも、その場所は、「土俵で死ねれば力士の本望」と10日目から強行出場し、4勝2敗という成績をおさめた。今の力士からは考えられないが、旭國と言う力士は、本当に強い精神力と諦めない心を持った男らしい力士だった。

現役引退後は、年寄大島を襲名。分家独立し大島部屋を作った。この人は、指導者としても秀でたものがあり、育てた力士の中には、横綱・旭富士、小結・旭道山、旭豊、幕内・旭豪山、旭里らがいる。また、今では主流になっているモンゴル人を最初にスカウトしてきたのも大島親方。元小結・旭鷲山や元関脇・旭天鵬は一度は耳にした事があると思う。そして、大島親方はモンゴル人だった旭天鵬に日本国籍を取得させ定年後は、部屋を譲るつもりでいるようだ。

また、大島親方と先代の二子山親方(貴乃花親方の父)は親友で、息子の貴乃花についての悩みを相談する程深い付き合いがあったと言う。

今回の事も、もしかすると大島親方が親友の息子の為に一肌脱いでやったのではないのか!

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参照:(旭國斗雄 - Wikipedia
画像・動画:(YouTube - 日本相撲協会 理事選で投票へ

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